|
向かって左側のネコは子ネコを抱いているので、母ネコか。頭に手をのせ、「アッ」と口を開けています。
右側のネコは「ウン」と口を閉じ、凛とした姿は父ネコか。
神社になくてはならない、シンボル的な存在は「狛狗」ですが、当社境内社「木島社」には大変珍しい「狛猫」が存在しています。
ではなぜ
イヌではなくネコ
なのでしょうか
|
丹後ちりめん発祥の地
ここ丹後 ・峰山は、丹後ちりめん発祥の地です。今から約220年前、江戸時代享保のころ、峰山の絹屋佐平治は、断食修行までして研鑚と改良の末、ちりめん織の技法を確立しました。
藩の奨励もあって、ちりめんは丹後一円に広まり、峰山はわが国有数の絹織物の集散地に飛躍しました。
峰山の町には、ちりめん問屋、糸屋が軒を連ね、関西方面から来る織物業者で賑わい、周辺の村々で機織りが盛んになり、農家は絹を生産するための養蚕を営みにしたのです。
神に仕えるネコ
養蚕の大敵は「ネズミ」です。ネズミは、マユや蚕などを食い荒らし、農家に大損害をもたらします。そこででネコの登場です。ネコは、蚕が飼われている部屋にいて、ネズミを追いやります。
ネコは、養蚕になくてはならない大切な存在でした。
そして、今もこの丹後峰山の地で「機織養蚕の守護神」にお仕えしているのです。
|
当社木島神社の縁起は、文政13年(1830年)に、山城国(現京都市)の養蚕の神、木島神社から、地元ちりめん織業者らの信仰によってお迎されたものです。
そして間もなく、地元の糸商人や養蚕家達によって、この一対の狛猫が奉納されました。
台座周囲には、次の文字が彫られている。
《左側のネコ》 奉献 江州外村氏 石工鱒留村長谷川松助 世話人 上河金七 吉田八郎助 小室利七 天保三戴九月
《右側のネコ》 奉献 当所絲屋中 弘化参午青祀
|